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4歳から7歳のお子様の霰粒腫摘出手術における麻酔法の比較検討:全身麻酔、局所麻酔、無麻酔切開

  • 執筆者の写真: HASUMI
    HASUMI
  • 44 分前
  • 読了時間: 12分


はじめに:幼児期における霰粒腫手術の課題


 霰粒腫(さんりゅうしゅ)は、まぶたにできるしこりであり、小児、特に4歳から7歳という幼児期後期のお子様によく見られる眼瞼疾患です。良性疾患でありいつかは吸収されて自然に治癒するものではありますが、大きくなったり、炎症を繰り返したり、時には瘢痕を残したりすることがありうるため、ご家族としては外科的な摘出を検討したくなるのは当然です。


 本ブログでは、4歳から7歳のお子様の霰粒腫摘出手術において考慮される主な麻酔法、すなわち全身麻酔、局所麻酔(鎮静併用の有無を含む)、そして無麻酔での切開について、それぞれの利点、欠点、およびリスクを詳細に比較検討することを目的としています。この年代のお子様の霰粒腫の治療において、絶対的な正解はなく、あくまでも、お子様ご本人と保護者の方の希望に基づいて治療方針は決定されるものです。私達眼科医は、それぞれの経験や考え方、施設や設備、人員の制約などから、最良と思われる治療を提案するものであり、最終的な判断はご家族が医師との相談の上で行われるべきです。

 

 小さなお子様に麻酔を行うことに対して、保護者の方が不安を感じるのは当然のことです。特に、全身麻酔の安全性や、局所麻酔・無麻酔での処置に伴う痛みや恐怖への懸念は大きいでしょう。それぞれの麻酔法に伴うメリットとデメリットを正確に理解することは、お子様にとって最善の選択をする上で不可欠です。




霰粒腫の手術が考慮される場合


 霰粒腫の治療は、まず保存的な方法から開始されることが一般的です。温湿布でまぶたを温めて詰まった脂を溶かしやすくしたり、炎症がある場合には抗生物質やステロイドの点眼薬・眼軟膏を使用したりします。しかし、これらの保存的治療は炎症を抑える効果はあっても、形成された肉芽腫(しこり)自体を完全に消失させる効果は限定的であることが多いです。

しこりが大きい場合、数ヶ月以上経過しても改善しない場合、整容的に問題となる場合、視機能に影響を与えている場合、頻繁に炎症(急性霰粒腫)を繰り返す場合などには、外科的な摘出術(切開排膿・掻爬)が検討されます。

重要な点として、霰粒腫の状態(急性炎症期か慢性期か)は治療方針に影響します。急性霰粒腫のように赤みや痛みが強い場合は、まず抗生物質や抗炎症薬で炎症を鎮める治療が優先され、炎症が落ち着いた後に残存したしこり(肉芽組織)に対して手術が検討されます。


外科的治療:霰粒腫切開・掻爬(そうは)/摘出術


手術は、麻酔(後述)を行った後、まぶたに小さな切開を加え、そこから霰粒腫の内容物を掻き出す(掻爬)か、あるいはしこり全体を摘出します。霰粒腫の内容物は、単なる液体ではなく、ネバネバとした粘性の高い肉芽腫組織であり、周囲の組織に付着していることが多いため、キュレットと呼ばれる小さなスプーン状の器具を用いて丁寧に掻き出します。

手術自体にかかる時間は、局所麻酔下で行われる場合、通常5分から10分程度です。後述する無麻酔での切開法では、処置時間が1分以内と極めて短い場合もあります。


麻酔法選択肢 1:全身麻酔

A. 全身麻酔とは

全身麻酔は、麻酔薬を用いて患者さんの意識を完全になくし、手術中の痛み、記憶、そして体の動きを消失させる方法です。これにより、患者さんは眠っている間に手術が終了します。全身麻酔の実施には、小児の麻酔に長けた麻酔科医による管理と、心拍数、血圧、呼吸などを監視するための特別な医療機器が必要です。多くの場合、気管チューブやマスクを用いて呼吸の補助が行われます。

B. 4歳~7歳のお子様における利点

  • 完全な不動化: 全身麻酔の最大の利点は、お子様が手術中に完全に動かなくなることです。4歳から7歳のお子様は、たとえ痛みがなくても、自発的に長時間じっとしていることは非常に困難です。目の周りの手術は非常に繊細な操作を要するため、患者さんの不動化は手術の安全性と正確性を確保する上で極めて重要です。

  • 痛みや恐怖からの解放: お子様は手術中の痛みや恐怖を一切感じず、手術に関する記憶も残りません。これにより、手術が心理的なトラウマとなることを避けることができます。

  • 最適な手術環境: 患者さんが動かないため、執刀医は手技に集中し、より正確かつ安全に手術を行うことができます。

全身麻酔は、単に動かないようにするためだけでなく、手術という非日常的な出来事からお子様の心を守り、同時に外科医が最良の手技を行える環境を提供するという、二重の目的を達成する手段と捉えることができます。

C. 欠点と潜在的リスク

  • 全身への影響: 全身麻酔薬は体全体に作用するため、様々な副作用のリスクが伴います。術後の吐き気、嘔吐、ふらつきなどは比較的よく見られる副作用です。

  • 呼吸器系のリスク: 麻酔中や麻酔後に、一時的に呼吸が抑制されたり、気道に関連する合併症(例:喘息発作、誤嚥)が起こったりする可能性があります。

  • まれな重篤な合併症: 頻度は非常に低いものの、アナフィラキシーショック(重篤なアレルギー反応)、悪性高熱症(麻酔薬に対する稀な異常反応で、高体温や臓器障害を引き起こす)、その他、心臓、肺、肝臓、腎臓などの主要な臓器機能への影響や、神経系の障害などが起こる可能性もゼロではありません。

  • 設備・体制の要件: 全身麻酔は、病院や専門の設備を備えた手術センターで行う必要があり、普通の眼科クリニックレベルでは実施できません。また、手術前には一定時間の絶食が必要となり、術後も麻酔からの回復を観察するための時間が必要です。多くの施設では入院が必要です。

  • 基礎疾患の影響: 眼科手術で全身麻酔が必要となる小児患者さんの中には、未熟児性や染色体異常、その他の全身的な症候群など、元々他の健康問題を抱えている場合があり、これらの基礎疾患が麻酔のリスクを高める可能性があります。そのため、麻酔前の評価が重要となります。


霰粒腫の手術自体は比較的短時間で小規模なものですが、全身麻酔を選択するということは、局所的な問題に対して全身的な管理とそれに伴うリスクを受け入れることを意味します。このリスクと、手術の確実性や患児の快適性とのバランスを考慮する必要があります。特に、元々健康なお子様の場合、全身麻酔のリスクや準備・回復の手間が、手術の内容に対して大きいと感じられる可能性もあります。しかし、小児の麻酔は小児特有のリスク管理が必要であり、麻酔科医は常に高いレベルの注意と専門性をもって対応しているのです。


麻酔法選択肢 2:局所麻酔 ±鎮静

A. 局所麻酔とは

局所麻酔は、手術を行うまぶたの周辺に麻酔薬を注射し、その部分の感覚(特に痛み)を一時的に麻痺させる方法です。多くの場合、注射の痛みを和らげるために、事前に麻酔成分を含む点眼薬や、皮膚に塗る麻酔クリーム(テープ麻酔など)が使用されることがあります。

さらに、お子様の不安を軽減し、協力を得やすくするために、鎮静薬が併用されることがあります。これには、甘いシロップ状の飲み薬や、鼻から吸入する笑気ガスなどが用いられます。鎮静薬を使用した場合でも、お子様は完全に意識を失うわけではなく、呼びかけに反応できる程度の浅い鎮静状態、あるいは意識のある状態で手術を受けます。

B. 利点

  • 全身麻酔のリスク回避: 全身麻酔に伴う全身的な副作用や、まれな重篤合併症のリスクを避けることができます。

  • 回復の速さ: 全身麻酔と比較して、術後の回復が一般的に早く、日帰りでの処置が容易です。

  • 実施場所の柔軟性: 病院の入院設備や高度な麻酔設備がなくても、外来クリニックなどで実施可能な場合があります。

  • 局所的な効果: 麻酔薬が効けば、手術中の痛み自体は効果的に抑えることができます。

C. 欠点と潜在的リスク

  • 注射時の痛みと恐怖: 局所麻酔の最大の難点は、麻酔薬を注射する際の痛みと、それに対するお子様の恐怖心です。この最初の段階での苦痛や恐怖が、その後の処置全体への協力度を大きく左右します。

  • 協力の必要性: 局所麻酔(鎮静併用含む)では、お子様がある程度じっとしている必要がありますが、4歳から7歳の年齢では、これを期待するのは難しい場合が多いです。結局、体を安全に保持するために、複数の看護師などにより毛布でくるんで体を固定する物理的な抑制(押さえつけ)が必要です。

  • 麻酔効果の不確実性: 特に霰粒腫が赤く腫れているような急性炎症状態の場合、組織の酸性度が高まるため、局所麻酔薬の効果が十分に得られにくいことがあります。これにより、注射をしたにもかかわらず、手術中に痛みを感じてしまう可能性があります。

  • 不安と精神的苦痛: お子様は意識がある(あるいは浅い鎮静状態)ため、手術の雰囲気や、押さえつけられること自体に強い恐怖を感じ、泣き叫んでしまうことがしばしばあります。

  • 局所的なリスク: 注射部位に内出血や腫れが生じることがあります。また、頻度は低いですが、局所麻酔薬に対するアレルギー反応のリスクも存在します。ステロイド注射のリスク(眼圧上昇など)とは異なりますが、子供の目の周りへの注射は常に慎重さが求められます。


4歳から7歳のお子様に対する局所麻酔(鎮静併用含む)は、全身麻酔の全身的リスクを避けられる一方で、お子様の痛み、恐怖、そして協力の得にくさという点で大きな課題を抱えています。局所麻酔を試みても結局後述する無麻酔で切開せざるを得ないケースもあり、成功度はお子様の個性や、その時の状況、医療チームの技量に大きく左右されます。


麻酔法選択肢 3:無麻酔での切開(テープ麻酔のみ)

A. 手技の概要

一部の医療機関では、局所麻酔注射も全身麻酔も行わず、お子様を物理的にしっかりと固定した上で、非常に短時間(多くは数十秒から1分程度)で霰粒腫の切開・掻爬を行う方法を行っています。事前に皮膚表面に麻酔成分を含むテープを貼りますが、麻酔薬の注射は行いません。最初から無麻酔で行う場合と、結果的に無麻酔での切開となるケースがあります。

B. 利点

  • 処置時間の圧倒的な短さ: 手術操作自体が極めて短時間で終了します。

  • 麻酔薬リスクの完全な回避: 全身麻酔薬および局所麻酔薬の使用に伴う副作用やアレルギーのリスクを完全に排除できます。

  • 局所麻酔への懐疑: 局所麻酔の注射自体が痛いこと、炎症があると効きにくいこと、そして結局は恐怖心や抑制によって子供は泣いてしまうため、痛みを伴う注射を省略し、処置時間を最短にすることが、結果的にお子様の負担を減らすという考え方です。

C. 欠点と懸念事項

  • 強い痛みと恐怖: 麻酔がない状態で切開・掻爬を行うため、短時間ではありますが、お子様は強い痛みと恐怖を感じると考えられます。

  • 心理的トラウマのリスク: 意識がある中で痛みや恐怖、強制的な抑制を経験することは、お子様に長期的な心理的影響(医療不信、トラウマ)を与える可能性があります。

  • 強制的な物理的抑制: この手技は、複数の大人による強力な物理的抑制を前提としています。この抑制自体が、お子様にとって苦痛で恐ろしい体験となりえます。

  • 手技の不確実性: 極端な短時間で処置を終える必要があるため、霰粒腫の内容物を十分に掻爬できずに終わる可能性があります。


無麻酔切開は、麻酔薬のリスクを完全に回避し、処置時間を極限まで短縮することで、お子様と家族の負担を減らせる可能性がありますが、お子様に強いストレスを与えうる方法であることは認識しないといけません。


全身麻酔、局所麻酔+鎮静、そして無麻酔切開という多様なアプローチが存在し、それぞれが実践されているという事実は、この霰粒腫摘出という特定の処置において医療現場で統一された標準的な考え方が確立されていない現状を浮き彫りにしています。結局のところ、「絶対的に最良」の選択肢というものは存在せず、個々の状況に応じて、何を最も重視するかによって判断が異なります。全身的な安全性を最優先するなら局所麻酔や無麻酔が選択肢に挙がるかもしれませんが、手術の確実性や患児の心理的安寧を最優先するなら全身麻酔が有力となります。また、利用可能な医療資源(全身麻酔設備や小児麻酔科医の有無など)も、現実的な選択肢を左右します。


麻酔法決定に影響を与える要因

麻酔法の選択は、画一的に決まるものではなく、以下のような様々な要因を総合的に考慮して決定されます。

A. お子様固有の要因

  • 年齢と発達段階: 同じ4歳から7歳でも、発達の度合いや理解力には個人差があります。非常に不安が強いお子様や、発達に遅れがあるお子様の場合、局所麻酔下での協力はより困難になる可能性があります。

  • 気質と不安のレベル: 元々怖がりであったり、医療処置に対して強い不安を示すお子様の場合、局所麻酔や無麻酔での処置は精神的に大きな負担となる可能性があります。過去の医療体験も影響します。

  • 全身状態: 心臓疾患や呼吸器疾患など、何らかの基礎疾患がある場合は、全身麻酔のリスクが高まる可能性があり、麻酔科医による慎重な評価が必要です。

B. 霰粒腫固有の要因

  • 大きさや位置: 非常に大きな霰粒腫や、手術操作が難しい場所にある霰粒腫の場合、完全な不動性が得られる全身麻酔の方が、安全かつ確実な摘出のために望ましい場合があります。

  • 炎症の程度: 急性炎症を伴い、赤みや腫れが強い状態では、局所麻酔の効果が低下し、痛みを感じやすくなるため、全身麻酔を選択するか、あるいはまず炎症を抑える治療を優先することが考慮されます。

  • 複雑性: 霰粒腫が周囲の組織(皮膚や眼輪筋など)にまで影響を及ぼしているような複雑な症例では、より良好な視野と操作性が得られる全身麻酔下での手術や、皮膚側からのアプローチが有利な場合があります。


まとめ

4歳から7歳のお子様の霰粒腫摘出術における麻酔法には、それぞれ一長一短があります。

  • 全身麻酔は、手術中の完全な快適性と不動性を提供しますが、全身的なリスクと設備・体制の要件が伴います。

  • 局所麻酔(鎮静併用含む)は、全身的リスクは低いものの、特にこの年齢層では注射時の痛みや恐怖、協力維持の困難さが課題となります。

  • 無麻酔切開は、麻酔薬のリスクを回避し処置時間は最短ですが、お子様に大きなストレスを与える可能性があります。


当院には、全身麻酔設備はなく、熟練した医師と複数の看護師やスタッフが局所麻酔下あるいは無麻酔での切開摘出を行っております。それは決して容易いことではなく、気軽に勧められるような治療ではありません。切開できるかどうかは、霰粒腫の場所や病期、またお子様の特性と手術に対するモチベーション、ご家族の協力と理解などを鑑みて判断されます。

この記事がご家族が納得できる治療法を選択されるための一助となれば幸いです。長文を読んでいただきありがとうございました。



 
 
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